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どっちを選ぶ?制服のスカートとスラックスー「多様性」と「選択の自由」を考える

webサイト・いたみん(伊丹市ポータルサイト)5月号

「男と女の「おかしな!?」ハナシ」にコメントを寄せさせていただきました。

今回のテーマは、「どっちを選ぶ?制服のスカートとスラックス」です。

https://itami-city.jp/mp/okashina_hanashi_hyogo/?sid=67178

 

【コメント部分】

最近のニュース等でも、女子生徒の制服に「スラックス」が選択肢として加わりつつあることがよく聴かれるようになりました。

防寒の視点から、また最近ではLGBT若しくはSOGIと言われる概念が広まったこともあり、全国的にもこの「選択(肢)」が着実に認められつつあります。

 

思えば、私自身も、中学生になるとき、初めて着る真新しい制服に胸躍らせました(今でも母校の制服姿の生徒さんを見ると、懐かしく嬉しい気持ちになります)。

しかしながら、一点には、大変高額な制服を生徒誰もが用意をしなければならないということ、また一点には、制服に胸躍らせる友人たちの隣で、毎日毎朝、その同じ制服を着用することに苦痛を感じていた生徒がいたであろうこと。これらのことに、当時の私は思いを致すことができていませんでした。

 

そもそも、どうして皆が同じ制服を着る必要があるのでしょうか。

一目見て所属(学校)が分かるように?愛校心を高めるため?必要以上に華美にならないように?・・しかしそれが、ある意味、「個性」を殺し、己を知り、オリジナリティを育てる芽を摘んでしまっているのかもしれません。(最近は、制服を自分なりにアレンジして、「個性を発揮」する時代にもなっているとも聞きますが。)

我が国では、制服について例外なくその着用を求める中学や高校が多いわけですが、これは、何事においても(たとえば、婚姻時の氏の問題もしかり)、「選択の自由」が保障されていないこの国の姿を示す典型例と言えるのかもしれません。

 

また、女子生徒にはスカートを、男子生徒にはスラックスをと定め、戸籍上の性に基づいてその購入、着用を強要されています。スカートは、女性らしさの象徴であり、女子生徒がスラックスを着用するという発想は、制服を定める側の学校長や教育委員会はもちろんのこと、着用する女子生徒自身にもあまりなかったように思います。

つまりここでも、女性らしさという社会的につくられたジェンダーに、大人(決定機関にあるのは多くの場合男性)だけでなく、女性自身も縛られていたといえるでしょう。

なお、他国に目を移せば、スコットランドの伝統的な衣装であるキルトは、男性たちにより誇りをもって着用されています。「さすがに男子にスカートはあり得ないよね~」という発言も、女性自身のジェンダーに基づく思い込みによるものといえるのかもしれません。

 

こうした「制服」自体の問題、そしてその内容(女はスカート、男はスラックス)の問題に大きな風穴をあけたのは、まさに性的指向および性自認(SOGI)の社会的な認知、理解の高まり、そして実際に行動に移し始めた人々の力によるものだったと言えるでしょう。こうした認知や理解の高まりや具体的な行動は、この制服問題だけではなく、これまであまり認識されてこなかった社会にある諸問題にまで、徐々に同様の変化をもたらしています。

 

SOGIへの気づき、それに基づく人々の行動が、少しずつ社会の多様性を後押しし始めている時代にあって、私たち自身も、既存の概念にとらわれることなく、変化に対応できる柔軟性を持ちあわせたいものです。

その際のキーワードは、「多様性」であり、「選択の自由」と言えるでしょう。

 

最後に、息子が通う保育所では、普段、男女不問で「ズボン」の着用が求められています(スカートは不可)。まさに「機能性」に着目すれば、スカートではなく、スラックス(ズボン)のほうが優るのでしょうね・・。

〔N〕

 

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